公演情報
■ティーファクトリー『エフェメラル・エレメンツ』
川村毅新作・演出
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エフェメラ=儚きもの、それは…

【公演日】
2017/9/22(金)〜10/3(火)
【会場】
吉祥寺シアター(東京都)

【作・演出】川村毅
【出演】田中壮太郎、笠木誠/宮下雄也、岡田あがさ、中村崇/祁答院雄貴、橘杏、菊池夏野、東谷英人/藤尾勘太郎、浅野望、内藤裕志、藤沢大悟/伊東潤、高木珠里、植田真介/井上裕朗、蘭妖子

7月28日(金)前売開始!
詳細はこちら
CD/DVD/BOOK情報
◆「川村毅戯曲集2014-2016」
論創社
(2016/5)
¥2,200 (税別)

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4◆『神なき国の騎士』
論創社
(2014/3)
単行本:¥1,575 (税込)

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4◆『4』
論創社
(2012/10)
単行本:¥1,575 (税込)

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aa300_book.jpg◆『リハーサル』小学館文庫 6/7刊行 (2011/06/07)
文庫:¥690(税込)

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『春独丸』『俊寛さん』『愛の鼓動』◆「『春独丸』『俊寛さん』『愛の鼓動』」論創社 (2010/10)
単行本:¥1,575 (税込)

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新宿八犬伝[完本] ◆『新宿八犬伝[完本]』未来社 (2010/09/22)
単行本:¥6,090 (税込)

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歩きながら考えた ◆『歩きながら考えた。』五柳書院 (2007/07)
単行本:¥2,625 (税込)

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AOI KOMACHI ◆AOI KOMACHI (2003/11)
単行本:¥ 1,575 (税込)

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ハムレットクローン◆ハムレットクローン(2000/01)
単行本:¥ 2,100 (税込)


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フリークス―残酷のファッショ
ン・ショー1幕◆フリークス―残酷のファッション・ショー1幕(1987/02)
単行本:¥ 1,470 (税込)

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ジェノサイド,ニッポン・ウォーズ
―川村毅第一戯曲集◆ジェノサイド,ニッポン・ウォーズ―川 村毅第一戯曲集(1984/11)
単行本:¥ 1,890 (税込)

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新宿八犬伝―川村毅第二戯曲
集◆新宿八犬伝―川村毅第二戯曲集 (1985/11)
単行本:¥ 2,625 (税込)

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ラスト・フランケンシュタイン―
川村毅第三戯曲集◆ラスト・フランケンシュタイン―川村毅第三戯曲集(1986/12)
単行本:¥ 2,100 (税込)
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英語訳のわたしの戯曲集が、いよいよアメリカでは出版されたらしい。
されたらしいという訳は、まだ手にしていないからだ。
『Nippon Wars and Other plays』というタイトルのこの本には、『ニッポン・ウオーズ』、『ロスト・バビロン』、『ハムレット・クローン』、『AOI/KOMACHI』、『アルゴス坂の白い家』などが収録されている。
詳細はまた後日。
八月某日
母を見舞う。

八月某日
家のものが腰痛を起こし、私が一切の家事を行う。どうしよう。家政婦さん雇おうか。

八月某日
義父を見舞う。

八月某日
京都。AO入試。今回の高校生エントリー数は過去五年で最多人数。
映像舞台学科から舞台芸術科への転換時に学科長を依頼され、大して考えもせず引き受け、やってみてその大変さにほんとはめられた!と思ったものだ。今や人気学科になりつつあり、よかった。
しかし、私は教育者が本職ではない。あくまで芝居屋であり、そのことは誰がどう言おうがどうしようもない。京都くんだりで先生と呼ばれるのに充足し、芝居作りを忘れてはならない。

八月某日
入試の採点だが、人数が多いので大変。新幹線終電で帰る。
車中、竹中労の『美空ひばり』を読了。今となって読むと、竹中本人の記述が多すぎる。聞き書きに徹した『鞍馬天狗のおじさんは』のほうがすぐれている。

八月某日
終日書き物。

八月某日
終日書き物。

八月某日
高円寺で『ゲゲゲのゲ』を見る。気合の入ったいい舞台だった。
当時、戯曲で読んでさっぱりわからなかった。今回見てもわからない。その難解さがいい。作者の思いが論理的整合性を勝っているのだ。いや無論作家のなかでは整合性があるのだが、描くという思いの強度のほうが、印象が強く、これでいいのだと見る者をねじふせる。
楽屋でえり氏にあいさつ。

八月某日
終日書き物。

八月某日
世田谷で日野てるまさのライヴを堪能する。Tシャツ買おうと思ったが、知ってる人に見られてたら恥ずかしいのでやめる。
夜、たけしと安住のニュース番組で、客席のうすいお盆の日の舞台チケットを出演者に買わせる渡辺えりがコワイと、たけしがやっているのを大笑いしてしまう。カーテンコールでもえりさん本人がいっていたからだ。健闘を祈ります。

八月某日
お盆だ。
暑い。三猫ぐったりしていて、大丈夫かと心配するものの、ご飯の準備をし始めると、スワと走ってきて、がつがつと食べ、また同じ場所でぐったり寝ている。
パイナップルを食べ過ぎて、おなかが下る。

八月某日
近所のプールで一時間ばかり、メタボ腹を浮かせて泳ぐ。
東スポのエロ記事面に西村賢太氏が新連載を始めて何週間か経つが、今はひたすら自分の汗かきの体質について四週目に及び、この執拗さは、さすがと唸るほかない。私小説を書く者はやはりこうであらねば、なのだな。
旅行の予定もなにもなし。
ひたすら書斎の八月になるであろう。
街で見かけたら、やさしく「書き物進んでますか?」とか声をかけてほしい。
七月某日
京都前期最終授業。
帰京して映画プロデューサーH氏と新宿で飲む。先は長し。なにか突拍子もないアイデアが浮かばないものか。もしくは歌舞伎町版浪人街か。

七月某日
家の修繕で三日間いろいろ工事。地震によるひび割れ等々の修繕だ。
猫たち落ち着かず。

七月某日
日芸前期最終授業。
夜、かつて俳優、今は刑事のY氏と新宿で飲む。警察権力についていろいろ取材する。

七月某日
親友渋谷氏と神楽坂で飲む。「ルージュ」というやきとりとワインの店。いいですね、ここ。イタリアの赤とスペインの赤で、ばくばく串焼き食べる。次に本多横丁路地入って突き当りの「チカ」でウイスキーを飲む。へぼろべろで帰る。大トラというやつだ。翌日聞いたのだが、小夏、愛はすぐ避難し、小トラの睦は健気にも書斎で私を待っていたらしいが、私、どっと倒れて眠り、深夜やおら目を覚まして風呂に入る。

七月某日
終日ぼんやりしている。河出新書から出た竹中労のムックをぱらぱらと読む。
昔、竹中労、熱狂的に読んだ時期があった。日本映画縦断は興奮して読んだ。
二十歳代、十歳年上の演劇人に竹中労の名前を告げると、概ねみなさん、なんともいえないといった顔つきをしていたのを思い出す。実際につきあうとなかなかに厄介な人であったようだ。そういえば崔洋一氏もあまり浮かない顔をしていたなあ。私も現実につきあっていたならば、純粋にその艶やかな文体に興奮することはできなかったかも知れない。
ムックでは竹中労への敬意を佐高信がカミングアウトしている。その佐高氏の師匠が久野収であり、その久野収がかつて佐高氏に、低俗といわれるメロドラマを馬鹿にはできない、そこにこそある真実もある、ということをいったというが、同感だ。おそらく私が竹中労から学んだこともそのようなことだと思う。
故に私はドラマとポストドラマのあいだを行き来し続ける。
聞書アラカン一代を読みなおす。ほんっとおもしろい。

七月某日
執筆。概ね完成をみる。

七月某日
オープンキャンパスのために京都へ。新幹線の車中アラカンを読み続ける。途中声をあげて笑ってしまう。
夜、神馬へ。さえずり、白ずいき、鯖ずしといつものパターン。
逝った。逝ってしまわれた。私の今は唯一の映画「ラスト・フランケンシュタイン」でフランケンシュタイン博士をやっていただいた。さて、私はどのようにお見送りしたらいいのだろう。お葬式があるのなら、ひっそり伺って合掌しよう。どなたともしゃべらずに。
七月某日
会議のため京都へ。
この夜、神馬から木屋町のバー。そして数件バーをはしごしたところ、いつの間にか大酔いしており、どうやってホテルまで帰ったか、記憶が定かならず。暑いので酔いも早い。

七月某日
午前中より授業。ピランデッロの「作者を探す六人の登場人物」のリーディング。

七月某日
終日執筆。夏の夕暮れの散歩が楽しい。

七月某日
この日、翌日の日曜、授業見学のオープンキャンパスがあるので、夜京都入り。こうして夕刻ひとり新幹線に乗る寂しさといったらない。中途半端な夕食を取る。

七月某日
午前中より授業。一年間かけてスタニスラフスキー「俳優の仕事」を完読するという講義。
トルツォフは私が演じている。
午後、「ニッポン・ウォーズ」の稽古。一月に発表だ。六時までみっちりやる。大いにくたびれる。帰京。

七月某日
終日執筆。
夕暮れの散策楽し。

七月某日
終日執筆。暑い昼間に書いているのだ。夜は書かない。飲んでいる。

七月某日
昨夜、ウイスキーを飲みすぎた。調子悪し。談志の「居残り」と「芝浜」をDVDで見る。素晴らしい。

七月某日
京都でピランデッロの授業。夜、神馬。「センセ、さえずり入ってまっせ」の大将の声に歓喜する。ひさしぶりのさえずり。ぴちゃぴちゃ食べる。先週の反省から神馬だけにしてホテルに帰る。
一気に執筆モードに没入。
やはり、わたくし、寒いより暑いほうが調子がいい。

ダリオ・アルジェントの『giallo』を見るが、がっかり。
80年代の情報誌と言えば、ぴあとシティロードだった。当時は情報だけでなく、紙面には批評もあり、読み物としての雑誌の機能もあった。殊にシティロードは情報と同時に批評性を重視していて、けっこう読み応えがあった。若手の演劇人にとっては、朝日新聞の扇田昭彦氏とシティロード演劇担当の渡辺弘氏に注目され、紙面に取り上げられるのが、世に出る第一歩であった。第三エロチカは両人に取り上げられた。第三舞台とこみで書かれることが多かった。すでに周知のごとく両劇団はまったく違う。そこで現在、これだけ違うのだから、なぜ同列に上げられるのを拒否しなかったのか、などという若い研究者の言葉に遭遇したりするのだが、だから研究者、学者は嫌だ。どういうかたちであれ、記事にしてくれるというのを拒否する芝居屋がどこにいるのだろうか。裸になれと言われれば裸にだってなる。それが芝居屋だ。演劇の実験は嫌いではないが、おおむね実験野郎は気取った顔して、あたしくたちはアートですからみたいな顔してるのが多いから、あまりおつきあいしたくない。
たとえ実験であるにせよ、ごたごたゴミゴミしてるところでやっていたい。

シティロードはぴあの購買力に敗北して廃刊した。
ぴあはチケットぴあシステムの導入とともに拡大し、批評性を抑え、すべてを同列の情報として取り上げていった。
のように当初は見えたが、次第にそれは変わっていき、チケット収入の多い公演が紙面取りにおいて優遇されだし、しかも資本のある大手はばんばん大きい広告を組んで、すべてが一律の情報などではなくなった。しかし、これはこれで資本の拡張を目論んだ企業にとっては実に当たり前であってとりたてて批判されるべきではない。
ただ、今でも思い出すのは、静かな劇がブームになる頃のぴあの記事だ。
ぴあにしては珍しく演劇に関して大きく紙面を割き、いかに静かな劇が今求められている新しい演劇形態であるかを年表入りで特集した。そこでは80年代の軽やかな演劇、軽やかではないが騒々しい演劇(殊に第三エロチカ)は葬送されるべきものとして静かに主張されていた。
まさしく、情報誌というオブラートにくるまれた批評であった。無論無記名の記事であったが、書き手の悪意が手に取るようにわかるものだった。それが誰だかは未だに知らない。
要するに、拡大したぴあは、情報だけを載せるとカマトトぶりながら、けっこう静かな陰謀にも手を貸していたことを、私たちは忘れてはならない。
資本力というのは怖い。だが、それもまた永遠のものではない。
長谷川、ありがとな!
板で育った者、すなわち舞台出身の俳優は、底力があるだろうから、
今後さらに活躍するだろうし、願っております。
ところで、ハセヒロと呼び始めたのは、私だ。(と思う。どうでもいいけど)

『ブラック・スワン』見たが、こういうものとは想像してなかった。
ホラーじゃんか。おもろいが、最近わたくし、刃物ずぶずぶシーンが全然だめ
になので、途中何度も目閉じた。

それにしても、妙に醜くなったバーバラ・ハシー、すさんだウィノナ・ライダーを
そのままのキャラクターでキャスティングするこの監督の手法は、落ちぶれたミッキー・ロークに
おちぶれたレスラーを演じさせた『レスラー』ですでに確認済みなのだが、この残酷さは、
このようにして繰り返されるという偏執性によって、愛が感じられる。
こうした監督の要請に応える俳優達も立派だと思う。