公演情報
■ティーファクトリー『エフェメラル・エレメンツ』
川村毅新作・演出
ephemeral_kari1705.jpg 
エフェメラ=儚きもの、それは…

【公演日】
2017/9/22(金)〜10/3(火)
【会場】
吉祥寺シアター(東京都)

【作・演出】川村毅
【出演】田中壮太郎、笠木誠/宮下雄也、岡田あがさ、中村崇/祁答院雄貴、橘杏、菊池夏野、東谷英人/藤尾勘太郎、浅野望、内藤裕志、藤沢大悟/伊東潤、高木珠里、植田真介/蘭妖子

7月前売開始予定!
詳細はこちら
CD/DVD/BOOK情報
◆「川村毅戯曲集2014-2016」
論創社
(2016/5)
¥2,200 (税別)

−−−−−−−−
4◆『神なき国の騎士』
論創社
(2014/3)
単行本:¥1,575 (税込)

−−−−−−−−
4◆『4』
論創社
(2012/10)
単行本:¥1,575 (税込)

−−−−−−−−
aa300_book.jpg◆『リハーサル』小学館文庫 6/7刊行 (2011/06/07)
文庫:¥690(税込)

−−−−−−−−
『春独丸』『俊寛さん』『愛の鼓動』◆「『春独丸』『俊寛さん』『愛の鼓動』」論創社 (2010/10)
単行本:¥1,575 (税込)

−−−−−−−−
新宿八犬伝[完本] ◆『新宿八犬伝[完本]』未来社 (2010/09/22)
単行本:¥6,090 (税込)

−−−−−−−−
歩きながら考えた ◆『歩きながら考えた。』五柳書院 (2007/07)
単行本:¥2,625 (税込)

−−−−−−−−
AOI KOMACHI ◆AOI KOMACHI (2003/11)
単行本:¥ 1,575 (税込)

−−−−−−−−
ハムレットクローン◆ハムレットクローン(2000/01)
単行本:¥ 2,100 (税込)


−−−−−−−−
フリークス―残酷のファッショ
ン・ショー1幕◆フリークス―残酷のファッション・ショー1幕(1987/02)
単行本:¥ 1,470 (税込)

−−−−−−−−
ジェノサイド,ニッポン・ウォーズ
―川村毅第一戯曲集◆ジェノサイド,ニッポン・ウォーズ―川 村毅第一戯曲集(1984/11)
単行本:¥ 1,890 (税込)

−−−−−−−−
新宿八犬伝―川村毅第二戯曲
集◆新宿八犬伝―川村毅第二戯曲集 (1985/11)
単行本:¥ 2,625 (税込)

−−−−−−−−
ラスト・フランケンシュタイン―
川村毅第三戯曲集◆ラスト・フランケンシュタイン―川村毅第三戯曲集(1986/12)
単行本:¥ 2,100 (税込)
コメント/トラックバックについて
●他者への中傷、アーティストやブログの内容に無関係な宣伝など、当ブログにふさわしくないと管理者が判断した場合、誠に勝手ながらコメントを削除する場合がございます。

●コメントを投稿することによって万一問題が発生した場合、当ブログ並びに所属事務所は一切の責任を負いかねます。ご了承ください。
ガタガタ忙しげになってきたので、本格的な忙しさに突入する前に用事を済まそうと眼科に行くとやはり高眼圧は変わらない。

時間が 空いたので『プロメテウス』を見るが、もうまあ『エイリアン』なのでビックリと思っていたら、本当にラストにエイリアンが出てきた。どちらも同じ監督だから、これはパクリとは言わない。
ということは、この映画はエイリアン誕生の経緯を描きたかったもので、このあと、もう一作ぐらいを挟んで、ぐるっと円環して『エイリアン』にたどり着くというわけか。時間の歪みによる円環、そう、『猿の惑星』シリーズのように。
見終わってウェブとか見たら、やたら評判悪い。確かに、よくわからない映画だ。結局何をやりたかったのかが分かりにくいのだが、つまりエイリアン円環シリーズの第一弾をやりたかったのだ。船長が突然カミカゼになるのにも驚いたなあ。

で、今日は墓参りだったのだが、小夏の左耳の裏が3センチほど、ごっそり脱毛して皮膚が出ているのを発見し、急いで病院に連れていく。幸い病気ではなく、なんか擦れたらしい。ほっとする。そんなこんなで 愛と睦も何事かと落ち着かなかった。が、もう大丈夫。
墓参りする。京浜急行沿線の駅前のラーメン屋でワンタンメンを食べる。素朴な醤油味が美味しい。またここで食べよう。

『黒い報告書』第三話のシナリオも上がってきた。

帰りの湘南新宿線から見える京浜地区の、複線の向こうの叢の光景が心に染みる。
『文体の獣』、打ち合わせ等々。昨晩は再度、中野BONBON下見。ここ劇場周辺は日曜の夜だというのに人通り多く、にぎわいの感じがいい。場所柄、同業者とばったり。すぐ近くに演劇ぶっくの編集部があるのを初めて知る。
『4』、ゲラ、チェック。世田谷の台本はすでに製本されているのだが、ちょこちょこ変えて申し訳ない。今週は演出家と会う。

土曜日、『黒い報告書』の顔合わせ、衣裳合わせ。不安定な天気のなか、外苑前から渋谷、吉祥寺とわたり、パスタ食べて帰る。今週クランクインらしい。四話のシナリオ、送信されてくる。三話のはまだ。

少年期、横浜の街を歩くのには一種の緊張を強いられた。与太者、ちんぴらが闊歩しているからだった。そこでなめられてはならないと、ガンを飛ばして歩く。よく人に言われる、私の射るような視線、つまり、目つきの悪さはこの時期のあの街のせいだと思っている。眼科に行くといつも眼圧が高いと言われる。緑内障というわけではない、ただ眼圧が高い、要するに眉間あたりに日々力を入れすぎているらしい。これもまた、少年期のガン飛ばしに由来すると思っている。ガンを飛ばしていると、かつあげ等々を吹っ掛けられることがないのだ。
四十代、五十代になって自然な笑顔が上手になったと自分では思っている。笑顔でいると人は笑顔で応えてくれる。
しかし、そうでないときもある。それに慣れてしまうと、それを当然だと思うと思わぬしっぺ返しがくる場合があることを忘れてはならないのだ。それが外部というやつなのだ。話せばわかりあえるのが他人だが、他人とは究極理解不能であり、反対に他人にとっての他人とは、こちら(自分)だということを今一度肝に銘じておかねばならない。
ああ、そう思うと、少年期の街が蘇り、目の回りに力が入る、眼圧が上がる。
なるほどなあと今感じ入るのは、ガン飛ばしは、挑発行為ではなく、喧嘩回避の手段だったということだ。ガキの知恵だったのだな。
領土問題を巡っての、韓国、中国とのことで思うのである。もっとも他国が与太者、ちんぴらと言っているのではない。思うのは、日本についてだ。大人であるということを錯覚している。ただニコニコ、ニヤニヤしているのが成熟なのではない。これまでニコニコ、ニヤニヤ、キャーキャーやっていたことのツケだ。
11月、『4』が上演される。来月からぼちぼち稽古が始まる。
私は演出はしないが、来月戯曲の出版が決まり、ゲラをチェックしたりとあわただしくなってきた。
同時に『文体の獣』の上演台本も最終チェックである。

暑いなか、仕事をして、夕刻泳ぎに行く。この夏は水泳がマイブームとなった。
体のこりがほぐれる!
台本、完成。

やっぱり男子サッカーは負けて、女子バレーは勝った。
ドーハの悲劇という命名はまったく的外れだが、カーディフの屈辱はドンピシャだ。
今日というこの日がまたこの日だからだ。
オリンピックを見ながら、これまで何ヵ国行ったかを数えてみた。すべて上演絡みの旅であった。
ドイツ、リトアニア、ラトビア、エストニア、アメリカ、オーストラリア、カナダ、イギリス、フランス、イタリア、フィンランド、ルーマニア、ポーランド、オーストリア、バチカン市国、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フィリピン、韓国、ブラジル。都合21カ国であった。
大部分が30代の折りだ。この時期は国内で公演することに、うっすらとした絶望感を覚えていた頃で、異国に救われていたといっていい。
基本的に俳優になろうとする人々への基礎教育は欧米スタンダードでいいと思う。俳優教育は初期段階できをてらう必要はない。スタンダードをやってそれから様々なメソッドに各々触れればよい。
しかしこのことも絶対ではない。第三エロチカの劇団員は基礎などまるでやらなかったが、育ったやつは育った。ダメなやつはダメだった。やはりポイントは社会性という賢さに意識的であるかどうかだ。

いやはやそれにしてもオリンピック見ちゃってるなあ。バドミントンの無気力試合。ポンっとかネットに 当てて、そっちがそうならこっちもポンっとかやって、秀逸なコントだよ!
ライヴが夜中ってのも、私のような夜人間には大歓迎。執筆は昼間なんですが、夜はなかなか寝ないでぐだぐだしてるもんでして。
とは言うものの、人それぞれの生き方ですからいいんですけどね。
劇団員としての一生だって立派ですよ。
変にプライド高い人ってのも見ていて気の毒になる。
はりきっていこう。
しっかしオリンピック柔道、全員青旗だったのが、ちょろちょろってしゃべって白旗になっちゃったってコントだな、これ。主審が有効とって勝ってたところ、取り消させたジュリーがまさかみんな青旗上げるとは思わなくてあせったんだろうな。ジュリー、三人になんて言ったんだろね。「言うこときかねえと、おめえたちの悪行、かーちゃんにいいつけるぞ」とか言ったのだろうか。

ラジオを聴いていたら、宇梶剛士氏が出てきて、よくこの業界で50歳まで生き延びてきたと語っていた。
そうであろうなあ、と感じ入った。
俳優として認知され、生き延びていくのには、筆舌に尽くしがたい苦労と努力があると思う。
まず俳優として認められるのが大変だ。
フリーター、俳優志望、自称俳優、劇団員から俳優と呼ばれるまでのハードルは高い。続けていくのはさらに難しい。劇団員であり続けるのと、俳優を続けることは違う。
何が必要なのか。技量、人気はもちろんのこと、重要なのは社会性だ。
劇団員とは、劇団という小社会でしか通用しない俳優らしきことをやっている人々のことを指す。強烈な個性と演技理念、メソッドを持つ劇団主催者のもとにいた「俳優」は退団後なかなか俳優になれない。教祖の洗脳がすぐには解けないのだ。一生解けなかったりもする。
社会性の重要さを大学で俳優志望者に教え諭そうとするが、不可能である。社会に出ていない者たちに社会性を教えようとしても無駄なことだ。社会に出るのが怖いとつぶやく者もいる。オハナシにならない。
確かに「50歳。職業俳優」とは至難の技だ。
昨日は恒例のパゾリーニ戯曲のオリジナルをリーディングする、つまり第一回目の顔合わせを行った。
『豚小屋』、『騙り。』でも、本稽古に入る前にこうしたことをやった。『文体の獣』というこの戯曲もまたまた厄介なもので、こんなわがままな戯曲書きやがって、とたまに頭にくるが、誰に頼まれたわけでもなく、自分の企画だから、誰彼に怒りをぶつけるというわけにはいかない。

ところで、家の庭に蛙が棲んでいるらしい。大きいのが最低二匹いて、他に小さいのもぴょんぴょんやっている。池があるわけでもないのに、どこで育っているのか謎だ。どなたかこの生態を知っている方、いないだろうか。
毎年、庭から路上に出てしまった一匹がたいてい車に轢かれてしまうのだ。そのときの無念といったらなく、今年は夜、路上に下りていないか点検している。
この蛙、路上に下りてしまうとなかなか自力で庭に戻る段を上がれないようなのだ。
それで、夜、今年はこれまでに幾度か路上に下りた蛙を庭に戻している。
そのせいか、まだつぶされた蛙の姿を見ることはない。
彼らは夜行性で、活動は夜である。私は災害時用に買った、ヘルメットに装着するゴムベルトつきライトを直に額に装填し、蛙救助用のちりとり片手に、あるときはまさしく深夜、庭と家の周囲の路上をまわるのである。これが私のこの夏のミッションである。
『文体の獣』の台本作り。昨日、すべての授業が終わり、恒例の真夏の執筆だ。
ところで、『黒い報告書』が好評8月5日に再放送決定ということだ。よかったなあ。
タモリの27時間テレビ、けっこうな割合でつきあってしまった。やはり、さんま、たけしが出てくるとおもしろいねえ。