公演情報
■ティーファクトリー
『4』
川村毅2012作・初演出
平成24年度文化庁芸術選奨文部科学大臣賞、第16回鶴屋南北戯曲賞受賞作品
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【公演日】
2020/5/29(金)〜6/7(日)
【会場】
シアタートラム(三軒茶屋)
【作・演出】川村 毅
【出演】
今井朋彦
加藤虎ノ介
川口 覚
池岡亮介
小林 隆
http://www.tfactory.jp/
・京都芸術劇場 春秋座
2020/6/13(土)〜14(日)
CD/DVD/BOOK情報
クリシェ書籍表紙.jpg
1,200円(税別)
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2,200円(税込)
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¥2,200(税別)
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◆「川村毅戯曲集2014-2016」
論創社
(2016/5)
¥2,200 (税別)

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4◆『神なき国の騎士』
論創社
(2014/3)
単行本:¥1,575 (税込)

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4◆『4』
論創社
(2012/10)
単行本:¥1,575 (税込)

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aa300_book.jpg◆『リハーサル』小学館文庫 6/7刊行 (2011/06/07)
文庫:¥690(税込)

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『春独丸』『俊寛さん』『愛の鼓動』◆「『春独丸』『俊寛さん』『愛の鼓動』」論創社 (2010/10)
単行本:¥1,575 (税込)

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新宿八犬伝[完本] ◆『新宿八犬伝[完本]』未来社 (2010/09/22)
単行本:¥6,090 (税込)

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歩きながら考えた ◆『歩きながら考えた。』五柳書院 (2007/07)
単行本:¥2,625 (税込)

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AOI KOMACHI ◆AOI KOMACHI (2003/11)
単行本:¥ 1,575 (税込)

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ハムレットクローン◆ハムレットクローン(2000/01)
単行本:¥ 2,100 (税込)


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フリークス―残酷のファッショ
ン・ショー1幕◆フリークス―残酷のファッション・ショー1幕(1987/02)
単行本:¥ 1,470 (税込)

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ジェノサイド,ニッポン・ウォーズ
―川村毅第一戯曲集◆ジェノサイド,ニッポン・ウォーズ―川 村毅第一戯曲集(1984/11)
単行本:¥ 1,890 (税込)

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新宿八犬伝―川村毅第二戯曲
集◆新宿八犬伝―川村毅第二戯曲集 (1985/11)
単行本:¥ 2,625 (税込)

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ラスト・フランケンシュタイン―
川村毅第三戯曲集◆ラスト・フランケンシュタイン―川村毅第三戯曲集(1986/12)
単行本:¥ 2,100 (税込)
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毎回、色々な方々に会えて実に刺激がある。
素材は執筆ど真ん中の『ノート』である。
お互いにとって贅沢な時間になっているのではと思う。
2019-04-20 11:53 この記事だけ表示
島次郎さんから、これまでの舞台美術の写真集が送られてきていて、お礼の手紙を書こうとしていたところ、訃報が届いた。
合掌。
2019-04-10 11:44 この記事だけ表示
まことに、たくさんの、様々な出自の方々が参加することになった。
執筆途中の新作などを材料にして遊ぼうと目論んでいます。
楽しみ!
2019-04-07 19:00 この記事だけ表示
上演舞台は全体的にレベルが高いものとは言えなかった。来年の集客が懸念される。
運営は見ていて気の毒になるほど頑張っておられていたが、改善点多々あり。本格的な演劇フェスにするのか、地方の賑やかしでいいのか、そこらあたりがまだ曖昧だ。
スポンサーの支店長が楽屋に現れて「ご盛況おめでとうございます!」などと挨拶されて出ていったが、審査員におめでとうございますとは、何を勘違いしているのだろう。
これはまあひとつの、外部要因の例に過ぎないが、細かくイラっとするところが、多々あり。
2019-03-26 12:29 この記事だけ表示
審査員として横浜、KAATに行ってきます。
明日、公開審査があります。どういう具合になるのか、まるで想像できない。スリリングといえばスリリングだ。
2019-03-23 10:37 この記事だけ表示
明日、池袋の芸劇で上演中の青蛾館『毛皮のマリー』マチネー後、わたくしアフタートークに出ます。マリー役を演じた三人、のぐち和美氏、加納幸和氏と、というわけです。
ご来場をお待ちしてます。
加納氏とは来年『クリシェ』で共演いたします。ワックワクでんな。
2019-03-18 20:29 この記事だけ表示
みなさま、
ティーファクトリー、ホームページ及び日乗を開かれると、様々な情報が得られると思います。

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よろしくお願いします。
2019-03-05 13:56 この記事だけ表示
一昨日は座・高円寺で劇作家セミナー、二時間フルにしゃべった。受講者からは静かな熱気があふれており、先月の大分での劇作家大会の熱気といい、劇作、元気だな。新人の戯曲も若い小説より確実に元気。

古本屋で『泣かぬ鬼父三好十郎』を見つけ、読んだ。面白かった。
実娘でしか書けないことに満ちている。
「頭のわるい人間は、だめだ。なにを言っても理解出来ないし、想像力もとぼしいのでどうしようもない。頭のわるいやつは、だめだ」
自ら立ち上げた劇団戯曲座の稽古場から帰宅しての三好の言葉である。
三好の代表作『浮標(ぶい)』を劇団員が「うきぶね」と読んだと激怒している場面も描かれている。
なんだか、昔の新劇も変わらなかったんだなあと安心してしまう。
劇団時代、何度劇団員にあきれ果て、絶望したことだろうなどと感慨深いものがあった。
三好の女性関係なども書かれていて、興味深い。
三十代の折り、傍らにハイナー・ミュラーを置きつつ、三好十郎を近所の図書館の全集でその戯曲のほとんどを耽読した時期がある。
こういう劇作家が日本にいたんだという驚きからだった。
今読むとどう感じるだろうか、再読の誘惑に駆られる。

十郎という名前は三好からとったのだと唐十郎氏が言っていたと小耳に挟み、テントの飲み会で本人に事実かどうか尋ねたことがある。
「うーん」とうなり、否定も肯定もしないので、私が「面白いのですが、どう思いますか?」とさらに尋ねると、
「なんで外国を舞台にして外国人を書くんだ。何がゴッホだ。その一点でだめだ」
とまくしたてた。もうすでに随分酔っている頃である。真意はわからない。 
そばで聞いていた記者が、唐十郎と三好十郎を同線上に置いた記事を書かないかと私に言ってきたが、その後何の連絡もなかった。
2019-03-01 15:56 この記事だけ表示
『Haruki Murakamiを読んでいるときに我々が読んでいる者たち』を読んだ。村上春樹の小説の英訳出版のプロセスを書いた本でいろいろ考えさせられた。
それにしても変なタイトルだ。どういう意味だ?
初期の英訳には随分と意訳があるというのには、そういうことはあるだろうぐらいの程度だが、『ねじまき鳥クロニクル』ではアメリカ読者が読みやすいように、翻訳者がかなりのアダプテーションを施しているというのには、へーっと驚いた。
第三部は大幅に削除し、ところどころ章の入れ替えをしているということだが、まあ作者が了解しているのであればいいと思うし、私なんぞ『ねじまき鳥』はなんか止まらないジャズの即興みたいに読めて、第二部止まりで十分と思っていたので、第三部のカットには賛同したい思いだ。
日本の小説が海外でヒットするには、これぐらいいろいろ当地の文化、生活に合わせて改変しなければならないのだという現実がよく理解できた。
戯曲の場合、マーケティングがないので出版は当てはまらないが、上演されるとしたら、こういうのと似た事態につきあわされることになるだろうと想像する。
日本人はアメリカ人に、舞台は日本からアメリカに。ディテールはアメリカ仕様で。
となると、これはもうほとんど映画で為されるリメイクに等しい。
となると、劇作家はもうほとんど原作者というクレジットが相応しい。それで原作料をがっぽりいただければ構わないというなら、それはそれとしていいが、それはもうアメリカにおける日本戯曲の翻訳上演ということではなくなるだろう。
ブロードウエイとかウエストエンドとかになれば、ことは翻訳戯曲に止まらず、自国のものの上演に際しても、それ仕様の改変が要求されるだろう。
ブロードウエイ・ミュージカル『ヘアースプレー』を見ると、そこにはジョン・ウォーターズの映画『ヘアースプレー』はと゜こにもない。ウォーターズの名前さえあるのかないのかといった扱いだ。見返りとしてがっぽりもらっているのだろうが、辛味のなかなか噛みきれないホルモン焼きがお子様も食べられるハンバーグになったようなものだ。
こういうブロードウエイ仕様改変を恐れ、嫌い、チャールズ・ラドラムはブロードウエイからの誘いを終生断ったとデヴィット・カウフマンの伝記には記されている。
まあ、私の戯曲がブロードウエイから誘われる恐れと驚きはまずないだろうから、吠える必要はないものの、つまり、いかに日本の戯曲が海外で上演されることは難しいかということだ。リーディングまではいっても上演となるとなかなかにない。リメイクとまでいくとやり過ぎだが、その国用の改変は多少なりとも必要になっていくだろう。
それに比べて日本のほうはと言えばせっせと英米戯曲を訳して、ありがたやありがたやとせっせと正確な上演の努力をし続ける。
なんと、けなげな国民だろうか。英米のみならず、ドイツ、フランスコンプレックスも払拭できてはいないんだけどね、日本の演劇は。
まあ、勉強は必要なんですがね。ちょいとナショナリストになりますね、私は。

2019-02-22 13:29 この記事だけ表示
いずれにせよ、シュリンゲンジーフの仕事は、演劇行為と社会的直接運動との関係についての思考を召喚する。考えている時間があったら直接、街頭に出て訴え、挑発しろというのが、シュリンゲンジーフの主張のように思え、それは常に社会問題なので、そごが寺山修司とは異なる位相なわけだが、どうもシュリンゲンジーフという人には一筋縄ではいかないある種のいかがわしさを感じる。これは批判ではない。いかがわしさを纏っていなければ、彼はもはや演劇人ではなく、社会活動家だ。だが、もはやその境界などないとする活動が、未来の演劇で同時に社会活動だというのが、畢竟、彼の演劇活動なのだろうか。
2019-02-19 16:01 この記事だけ表示